大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 平成2年(ワ)15号 判決 1991年3月27日

原告 川島宏治

<ほか五名>

右六名訴訟代理人弁護士 玄津辰弥

同 野村直之

被告 福井プロパンガス株式会社

右代表者代表取締役 斉藤京司

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 北川恒久

主文

一  被告らは各自、原告川島宏治に対し金八八万円、原告川島勇一に対し金三三万円、原告西口義信に対し金八八万円、原告西口雅基に対し金三三万円、原告加藤ケイ子に対し金八八万円、原告加藤英徳に対し金三三万円及び右各金員に対する平成元年六月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告川島宏治、同西口義信、同加藤ケイ子に生じた費用全部、原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳に生じた費用の各四分の三と被告らに生じた費用の一二分の一一を被告らの負担とし、原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳に生じたその余の費用と被告らに生じたその余の費用を原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳の負担とする。

四  この判決一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳の請求金額を各四四万円と主張するほか、主文一項と同じ。

第二事案の概要

本件は、予備校を経営する会社の代表者が合格実績、有名学習塾との提携等虚偽の事実をもって勧誘し、予備校へ入学を申込ませ、入学金等を支払わせたことにより、入学した生徒らは精神的損害を、入学金等を支払ったその親らは物的損害を被ったとして、予備校を経営する会社に対しては、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、右会社代表者に対しては、民法七〇九条、七一五条二項により損害賠償を請求する事件である。

一  争いのない事実等

1  被告福井プロパンガス株式会社は、「フェニックスゼミ」の名称で進学塾・学習塾を経営し、その一環として大学受験予備校である「フェニックス予備校」(以下、「本件予備校」という。)を開設しているものであり、被告斉藤は、被告会社の代表取締役として業務全般を統括するとともに本件予備校の最高責任者としての職務を行ってきたものである。

2  被告会社従業員は原告らに対し、平成元年三月ころ、本件予備校の入学を勧誘し、左記三点の記載のあるパンフレット及び募集要項を配付し、右記載内容のとおりの受験教育を実施する旨説明をした。

(1) 「情熱と豊かな経験を持った専任講師陣」「その一〇〇パーセントが情熱と経験に秀でた専任講師」を確保している。

(2) 「入試情報の提供・アドバイス」体制として「河合塾全国進学情報センターと提携」している。

(3) 「昨年度(平成元年春受験)実績」は私立大学だけで次のとおりである。

早稲田大学 二名 立教大学 四名

中央大学 三名 青山学院大学 二名

関西学院大学 一名 明治大学 三名

上智大学 一名 同志社大学 六名

芝浦工業大学 四名

以上二六名

3  しかし、被告会社従業員が原告らに対し、入学を勧誘して説明した右三点については、次のとおり事実と相違している。

(1) 講師のうち四名はアルバイトの大学生である。

(2) 被告会社は、河合塾全国進学情報センターと提携した事実はなく、昭和六三年に本件予備校の生徒に河合塾全国進学情報センターの実施した模擬試験に参加させたことと右模擬試験の受験者には、正解及び解答への考え方等の学習資料及び志望校への合否可能性予測を含めた各種の成績判断資料が提供されることを「提携」と表現したものである。

(3) 平成元年における本件予備校生の大学入学試験合格実績は零である。

4  原告川島勇一は平成元年三月末日、原告西口雅基は同月二八日、原告加藤英徳は同月一六日、それぞれ被告会社に対して本件予備校への入学を申込み、右各申込み当日、原告川島勇一の父原告川島宏治、原告西口雅基の父原告西口義信、原告加藤英徳の母原告加藤ケイ子は被告会社に対し、本件予備校の入学金・受講料等として各八〇万円を支払った。

5  原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳は、平成元年四月中旬から本件予備校に通学を開始したが、原告川島勇一は同年六月一二日をもって、原告西口雅基は同年七月四日をもって、原告加藤英徳は同年六月九日をもって本件予備校への通学を止め、退学した。

二  争点

本件の争点は、次のとおりである。

1  原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳が本件予備校への入学を申込み、原告川島勇一の父原告川島宏治、原告西口雅基の父原告西口義信、原告加藤英徳の母原告加藤ケイ子は被告会社に対し、本件予備校の入学金・受講料等を支払ったのは被告斉藤ないし同被告から授権された者による欺罔行為によるものであるか。すなわち、被告斉藤は、民法七〇九条、七一五条二項により不法行為責任があるか。また、被告斉藤の右行為により、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項に基づき不法行為責任を負担するか。

2  原告らの損害額はいくらか。

3  原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳が本件予備校へ通学して授業を受けたことによる利益は損益相殺すべきか。

第三証拠《省略》

第四争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  被告斉藤及び被告会社の損害賠償責任

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告会社が原告らに交付した本件予備校の入学勧誘のパンフレット及び募集要項には、「本件予備校の講師陣は、その一〇〇%が情熱と経験に秀でた専任講師です。」と記載されているが、被告会社は、前記のとおり数名のアルバイトの大学生を講師として採用し、その専攻科目とは無関係に科目を担当させており、その余の講師も多くは、専ら本件予備校の講師を勤めるという通常の意義における専任講師ではなかった。被告斉藤は、他に本務はあるが、他の予備校の講師を兼務していないという意味で専任講師と表現したものであると供述するが、詭弁というほかない。しかも、右講師らについても必ずしも教員免許の種類、専攻科目を検討して教科の担当を決めていたものでもなかった。したがって、生徒らには講師らに対する強い不満があった。

(2) 本件予備校の昭和六三年四月入学の生徒は、五人で、いずれも本件予備校に不満があり、年度途中で通学をやめたので、本件予備校生として平成元年春の大学入学試験を受験した者はなく、勿論合格者もいなかった。

(3) 大学入学試験合格実績、有名予備校との提携及び講師陣の構成の三点は、受験生らが入学する予備校を選択する際の重要な基準であり、それ故に被告会社も右三点を強調して宣伝し、その従業員もその旨原告らに説明している。

また、右説明を信じた原告らは、右三点を重視して本件予備校への入学を申込み、入学金等を支払ったが、その後これらがいずれも虚偽であることを知った原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳は、受験についての不安を募らせ、親に多額の入学金等の負担をかけながらこれを無駄にすることに悩みながらも、相次いで退学することを決意し、原告川島勇一、同加藤英徳は、改めて東京の予備校に入学した。

(4) 被告斉藤は、被告会社の代表者として業務全般を統括するとともに本件予備校の最高責任者としての職務を行ってきたもので、被告会社が本件予備校を開設したのは、昭和六三年四月であるが、昭和六三年度も平成元年度も本件予備校の収支は赤字であり、経営者がその経営を全面的に他に任せておくことができる状況にはなく、現に講師ら従業員を採用する最終決定も、本件予備校の学校法人河合塾と提携している旨の新聞広告に対する同塾からの抗議に対する、平成元年九月一六日付の前年度に本件予備校生が同塾の模擬試験に参加するという取引があったことをもって提携と表現したものであり、謝罪等するつもりは全くない旨の非常識な回答も被告斉藤が従業員にその内容を指示してなしたものである。しかも、昭和六三年度にも前記本件予備校の入学勧誘のパンフレット及び募集要項とほぼ同内容のパンフレット等が作成され、被告斉藤はこれらに目を通していたのであるから、同被告は、その職責上からも前記三点についての宣伝及び入学志望者に対する本件予備校の従業員の説明が虚偽であることについて、故意又は過失があると推認されるので、同被告は民法七〇九条により原告らの損害を賠償する責任がある。仮に同被告が主張するように、本件予備校の業務一切を従業員に権限を委任して行わせていたとしても、同被告は民法七一五条二項により原告らの損害を賠償する責任がある。

(5) 右事実によれば、被告会社は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項又は民法七一五条一項により原告らの損害を賠償する責任がある。

二  原告らの損害

前記事実によれば、原告川島宏治、同西口義信、同加藤ケイ子の損害は、それぞれ同原告らが被告会社に支払った八〇万円及び弁護士費用分八万円の合計各八八万円、原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳の損害は、それぞれ慰謝料三〇万円及び弁護士費用分三万円の合計各三三万円が相当である。

三  損益相殺

前記事実によれば、原告川島勇一、同西口雅基、同加藤英徳は、信頼できない本件予備校に入学してしまったことに不安と焦りを覚えながら、入学金等の支払いにつき親に多大の負担をかけたためこれを無にすることも躊躇され、悩みながら通学していたが、結局、悩みながら通学を続けるよりは退学する方が受験の準備をするには適切であると決断したものであり、被告らの行為により相殺すべき利益を得たとは認められないので、被告らの損益相殺の主張は採用できない。

(裁判官 猪瀬俊雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例